
夢や希望を抱いて困難に取りかかるのはたやすいけれど、
やり遂げることが大切。これには、勇気が必要。
里見:ロマンを抱いてゴールを目指す時の絶対条件は、ひとさまの協力。これなくしては、有り得ません。最小単位は家族の理解。とりわけ、奥様が最大の支援者でなくては成就はおぼつきません。
やり遂げる勇気に対し、最初にして最大の洗礼は「男のロマン、女の不満」。又、この逆も有り得る訳ですから、気働きが大切・・・(笑)。
この最初の一歩をクリアーできないのであれば、キッパリと諦めることが肝要だと思います。これは挑戦者たちにとって永遠のテーマでしょう。世の挑戦者やその良き理解者に、深い尊敬の念を抱かざるを得ません。
里見:学校は給食と友達が目当てで、ほぼ皆勤賞か精勤賞でした。運動会では、必ず賞を頂きました。学業の方はさっぱり。3歳上の姉が大変よくできたものですから戦後の混乱期のせいにもできず、迷惑なことでした。我が家は両親共稼ぎでしたので、鍵っ子の元祖です。
母よりも姉に世話になりましたので、今でも全く頭が上がりません。何を言うでもないのですが、見つめられるだけで青菜に塩状態です。
虫・魚・小鳥採りには、一生懸命でした。今でも自信があります。
親族からは「公直君は脳が悪い」と評価されており、自分でもそう思っていましたので、両親が教育者であるにもかかわらずプレッシャーはなく、空きっ腹さえ我慢すればとても理想的な環境でした。毎日が忙しく、充実していました。
近くの大好きな伯母だけが「公ちゃんはどこか人と違う。きっと大器晩成!」と言ってくれていました。
好きでしたねぇ、この伯母が。何をしても褒めてくれました。OTECのことはきっと「素晴らしい、素晴らしい」と手放しに喜んでくれるだろうと思うのですが、先年亡くなりました。残念です。
里見:上原春男先生のお名前や功績、著書は以前から存じておりましたが、阪神・淡路大震災の後、友人の勧めで「上原塾」に入塾しました。そこで感銘を受けました。これは何だ、と。本当に情緒不安定になりました。当時、前に勤めていた社主の薫陶を一歩一歩実践し、
小さいながらも事業を興して「独創的な業務かつ驚異的な業績」と賞賛され順風満帆で自信に満ちていた頃でした。「塾」以外でも多忙な上原先生でいらっしゃいますから空振りも多かったですけれど、大学、伊万里実験施設やご自宅まで通って薫陶を頂きました。
先生のOTECは神算であると私は思いましたので、仕事への情熱の大部分をこれに費やし、少人数のスタッフには申し訳なかったのですが、夢を育んで参りました。21世紀、これはきっと大輪になる・・・と、神様の啓示のように受け取っていました。
好きな本に司馬遼太郎さんの『坂の上の雲』があります。坂の上に浮かんだ雲を目指してか、雲に魅せられてか、よじ登って行く若者達の群像が描かれています。
明治という世界史上ユニークな時代を背景にした日本の青春像なのですが、この時代の日本人の背景にある使命感がとても好ましく、感動したものです。
上原先生に魅せられ集う池上助教授はじめ、OTECの研究者の皆様と同じように私も熱くなりました。「そんなことしてたら食えないぞ」と、利害関係のない人までが注意をしてくださるほどでした。でも、好きでやっているのだから仕方がないのです。
1997年の京都会議以降、「自然との調和」というフレーズも耳に馴染み、世間の風向きも随分よくなりました。今後、キーワードは「共生」です。社会も企業も隣人も、競争というかたちではなく、共生というかたちで進む視点がとても大切になってくるように思います。